『タイガースは夜空を駆ける』    〜2003年を、きっと忘れない〜  *補作バージョン 第一・一版2004・3・18 作 ・小林 円佳 補作・重盛健一郎 -------------------------------------------------------------------------------- 【登場人物】 忍足 フジコ  中2 河村 隆子   中2 生徒1(声)  中2 生徒2(声)  中2 -------------------------------------------------------------------------------- 【1場】七月中旬の夕暮れ    ◆中央にベンチ。基本的に燕と舞台装置は同じ。七月の夕方。青い。     隆子、ベンチに坐っている。夏服。     フジコ、パジャマ姿でスキップしながら登場。左腕を吊っている。) 隆子   あ。 フジコ  ゲッツ!!何や、タカさんやんか 隆子   なんだって、何よ。・・・具合、どう?      (フジコ、包帯のついた腕を振る) フジコ  ただの骨折やさかい、すぐに直るわ。      入院なんて話になるから大げさになるんや。 隆子   本当。・・・元気そうで安心した。(バッグの中からいろいろ出す) フジコ  なんやん?それ 隆子   お見舞いの品。先生やクラスのみんなから フジコ  東京もんはいちいち大げさやなー。 隆子   その、「東京もん」ってのはやめなよ フジコ  ええやん。誉めてるんやで。 (隣りに坐る)      大阪のもんはこないなことしてくれへんかったもん 隆子   ・・・・ フジコ  ね、で、何?お見舞いってなんやのん?(身を乗り出す) 隆子   あ、ううんとね。ええっと、まずプリント、・・・数学の重森先生から。 フジコ  おお、平行四辺形の証明やんか。これ、前から欲しかったんやー      ・・・って、これ、お見舞いって言わんやろ!?(隆子につっこむ) 隆子   (肩をさすりながら)やっぱり、本場の突っ込みは違うわね。 フジコ  今度、教えたるわ。 隆子   結構です。それから、これクラスで寄せ書き(色紙を渡す) フジコ  (眺めながら、嬉しそうに)うわっ、寄せ書きって、なんや、転校するみたい!寒っ! 隆子   それから、これは社会の辻先生から。 フジコ  ああ、頼んどいたやつやな。ごっつ遅いから、あの先生      忘れてはったと思ってたわ 隆子   何なの? フジコ  袋から出してくれへん? 隆子   うん・・・「サルでもわかる経済学」・・・何これ? フジコ  少し、金儲けでも、勉強しよかと思て。うち、これ(左腕)で、毎日する事もないしな。      それにしても、「サルでもわかるって、辻先生、嫌味かいな。」 隆子   そんなこと無いと思うけど、高校行ってからの方がよくわかるんじゃない? フジコ  ええんよ。うち、多分高校とか行かへんし 隆子   なんで? フジコ  早う働いて、一人前になりたいんや、うち。バンバンかせいで、うまいもんくうでー。 隆子   でも・・・高校くらい、行っておいた方が、いいよ フジコ  (笑って)そんな先生みたいなこと言わんといてーな 隆子   ・・・ フジコ  ああ、早よ学校にもどりたいわ! 隆子   ・・・そうやろね。 フジコ  あっ、今「そうやろね」って言った!関西弁うつった!      タカさんが関西弁使うたでー(愉快そうに) 隆子   ・・・もう! フジコ  なんやん、そないに耳まで赤うせんでもええやん。      まあ、うちの関西弁も怪しいもんやけどね。 隆子   どうして? フジコ  お父んの関係で、いっぱい転校したや。 隆子   そうなんだ。 フジコ  大阪、神戸、京都。三重や山口もいったから、      うちの関西弁は、あっちこっち、ごちゃまぜや。 隆子   でも、クラスじゃフジコの関西弁が大流行!      あたしと違って人気者だよね。 フジコ  お陰さんでな。けど、東京もんって、もっとこう、怖いかと思ってたわ。 隆子   怖いって? フジコ  ガン黒とか、こう、パンツ丸見えのスカートとか。 隆子   いつの時代よ、それ フジコ  大阪にはおったで?こう、タンランにボンタンとか、1メートルくらいあるリーゼントとか。 隆子   うーん、たしかにウチの学校って割とのんびりしているもんね。      ・・・少し、陰湿だけど。 フジコ  そうそれやん!たまげたもん。      いままでは、わりとフツーに荒れた学校ばかり通ってたさかいに 隆子   「フツーに荒れた学校」って、よくわからないけれど・・・。怖そうね フジコ  そや、タカさんなんか、一溜まりもあらへん。よかったやん、ほんま、今の学校で・・・(優しく笑う) 隆子   病院の生活、どうなの? フジコ  どうもこうも、退屈やわ。 隆子   テレビとか見られるの? フジコ  6時までは、ロビーでな。ただ、まわりがおばちゃんばっかで、大相撲とか見させられるんやで。      『フジコちゃんは、どの相撲取りが好き?』 なんて言われても、わからへんっちゅーの! 隆子   東京じゃ、「栃東が好き」って言っておくといいよ。夜は見られないの? フジコ  部屋には、こーんなちっちゃいのがあるんやけど、一時間百円もとるんやで。      まったく、強突張りの病院やで。せやさかい、隣りのベッドのおばちゃんに、ゴマすって      見せてもらっとるんや。日曜日の大河ドラマ、面白いな。武蔵! 隆子   新之助・・・だっけ? フジコ  それやそれー、カッコええなー、思てたら、昼のワイドショーにも出てきてん。      あっちこっち、頑張りすぎやっちゅうねん。 隆子   じゃあ、今度、マンガ持ってこようか、りぼんとなかよしならあるよ。 フジコ  ほんま?!助かるわー。それにしても意外やな、隆さんもマンガ読むんや? 隆子   ううん、妹の。あたしは、勉強しなくちゃいけないから。 フジコ  せやろなー、タカさん、真面目やもんな、やっぱ、優等生はちゃうわー。 隆子   ・・・。 フジコ  ・・・怒った? 隆子   ううん フジコ  ・・・せや、学校、どうなん?      みんな、かわりあらへんの? 隆子   ・・・うん。今、期末テスト前で、部活もないし・・・終業式までには退院できるんでしょ? フジコ  たぶんね 隆子   よかった フジコ  そうかあ、もうすぐ、夏休みなんや・・・(ためらってから)なあ? 隆子   何? フジコ  ・・・裕太のこと、なんか聞いてへん? 隆子   弟さん? フジコ  よく見る?近所とかで・・・ 隆子   見るかって言われても・・・小学生とは時間も、違うし フジコ  そうやね、それもそうやね 隆子   心配なら、電話してみたら? フジコ  いや、うち電話ひいてへんから 隆子   あっ、・・・ごめん フジコ  いやいやええんやけど。・・・なんやもし、気い付いたら教えてぇな。      妹さんにも聞いといて。学年ちゃうけど、同じ小学校やし。 隆子   (不審そうに)・・・うん フジコ  体育は今なにやってんの? 隆子   (話が変わったので少しホッとして) 体育?ええっと、女子はバレー。      男子は・・・何かな、選択授業の子は野球やってたような・・・・ フジコ  野球かー。うちの野球部ってめっちゃ強いんやろ?      B組の佐藤健太とか。名前からして野球うまそうやんなぁ 隆子   小学生からリトルリーグの子もいるからね フジコ  せやけど腹が立つのはな、ここらの連中みんな巨人ファンやってことや!      (拳を握り、立ち上がる) 隆子   ふ、フジコ? フジコ  せやろ?大の大人が目の色変えて、巨人巨人巨人巨人!      やれ、松井が凄いの、清原が看板直撃しただの、      寝ても覚めても巨人三昧!あほかっちゅ―話や! 隆子   フジコ、もしかして・・・ フジコ  せや、うちは押しも押されぬ阪神ファンや。      まあ、長島はちょっと好きやったけど、何や、今年のハラ監督はー。      何が「ジャイアンツ愛」や。結局、金やないか。      あれだけ金積んで選手集めりゃ、タカさんが監督でも優勝して      当たり前やっちゅー話やでホンマ! 隆子   私じゃ、無理だと思うけど・・・。 フジコ  とにかく、もう、これからは、プロ野球イコール巨人っちゅう図式は成り立たんのや! 隆子   ・・・へえ フジコ  あ、タカさん野球あんまり知らへんな? 隆子   うちのお父さんは良く、野球見てるけど、あたしはサッカーの方が好き。 フジコ  かぁーっ!まったく、最近の若いもんはこれやから困るんや。 隆子   同い年じゃない。 フジコ  ええか、親は野球で、子どもはサッカー。ここから、家族の断絶が始まるんや。      うちは親子で、阪神三昧。お父んも、ごっつい阪神ファンなんや 隆子   巨人三昧と変わらないじゃない。 フジコ  気合いがちがうんや、気合いがあ。なんせ、うちのお父ん、娘に藤色の虎って名前付けるんやからな。 隆子   フジコのコの字って、虎って書くの? フジコ  せやで。 隆子   だって、いっつもカタカナじゃない。 フジコ  当たり前やん、あんなん、いちいち、漢字で書いとったら、日が暮れてまうわ。しっとるか?26画やで。 隆子   最初っからカタカナの名前かと思ってたー。 フジコ  まったく、難儀なこっちゃで。娘に虎ってつける親のセンスはホンマにあきれるしかないわ。 隆子   へえ・・・でも、ピッタリだね。 フジコ  何やそれえ。(二人で笑う。)ま、ええんやけどね。あんなんでもたった一人の父親だし。 隆子   うちのお父さんは、確か、巨人ファンだったかな。 フジコ  タカさんのお父んはええお人やで!真面目で働き者やわぁ。巨人ファンでも、かまへん。      うちも、あんなお父ん欲しいわぁ。 隆子   欲しい?・・・じゃあ、あげてもいいけれど・・・。 フジコ  せや!うちら結婚しよか。(手を握る)      せやったら合法的にタカさんのお父んをうちのお父んにできるさかいに 隆子   手段が思いっきり非合法よ、フジコ。 フジコ  あかんかなー。(客席の方に壁時計がかかっている設定で。その時計を見る)・・・時間や。 隆子   え? フジコ  時間。そろそろ塾なんやろ。行かんと間に合わへんで。 隆子   うん・・・(名残惜しそうに立つ) フジコ  また、来てえな。な?(お見舞いの品を手際よく持って、立ち上がる) 隆子   ・・・うん・・・    ◆フジコ、手を振りながら上手に退場。隆子、見送る。少し上を見る 隆子   本当だ。もう、こんな時間・・・・。    ◆隆子、立ち上がる。フジコのいなくなった上手をしばらく見つめてから、退場。 【2場】8月上旬の夕暮れ    ◆ホリゾント変える。少し紫に。生徒登場、シルエットだけ。制服。     生徒は声だけテープでも、影絵などで表現してもよい。 生徒1  ええー、河村さん、毎週お見舞いに行ってるの? 生徒2  だって、あの子って、一学期しかいなかった転校生でしょ? 生徒1  さ・す・が、学級委員様は違うわよねー 生徒2  ええっ?どーゆーこと? 生徒1  だーかーらー、アレよアレ。おおかた先生にでも言われて、      点数稼ぎでやってんでしょ 生徒2  へえー。そんなもんかしらねー。よくやるわねえ 生徒1  そんなもんよ。よくやるわ、本当    ◆照明戻る。隆子、下手から登場。座る。時計を気にしている様子。     本を読み始める。フジコ、こっそり登場。 フジコ  わっ! 隆子   ああ、吃驚した! フジコ  うそ、あまり驚いてへんかったで 隆子   驚いたわよう。・・・あたし、あまり顔に出ないから フジコ  そうなん? 隆子   そう。・・・小学校の時は、埴輪ってあだ名がついてた フジコ  SAGA(エスエージーエー)佐賀〜って人? 隆子   それはハナワ フジコ  埴輪?そのネーミングセンスはちょいヤバイんとちゃう? 隆子   (あいまいに笑う) フジコ  なあ、何よんどるん? 隆子   ハリーポッターの4冊目『炎のゴブレット』。 フジコ  そんなら、うちもしっとるわ。映画のヤツや。 隆子   こっちが先だけどね。 フジコ  ちょうどええわ。タカさん、4冊分、ちゃっちゃっと3分くらいで説明してーな。 隆子   そんなの無理だよ、それにやっぱり、自分で読まなきゃ。 フジコ  じゃまくさいわ。それより、隆さんに聞いたほうが早いし、眠くならんし。頼むわ。 隆子   ダメです。 フジコ  はあ〜、いけず〜 隆子   ・・・入院、思ったより長引いちゃっているね フジコ  何かなー、腕の方はほとんどいいんやけど・・・。 隆子   どこが悪いの? フジコ  うーん、なんちゅーかね。うちにもようわからへんのやけど、      検査終わったら、急に家に帰っちゃあかんって言われてん。 隆子   どうして? フジコ  ああ、気にせんといて!そのうち、退院できるやろ。 隆子   ・・・・・ フジコ  ああもう!そないな顔せんといてーな! 隆子   ・・・うん。 フジコ  ・・・それにな。うち、退院しても、あの家にはよう戻らんようになるかもしれへんのや 隆子   なんで? フジコ  うん・・・入院の費用、けっこう掛かってもうたからな、      施設の方に入るとかなんとか・・・ 隆子   フジコ フジコ  ・・・・・ああもう!子供はつまらんな!何にも自分で決められへん!      早う大人になりたいわ 隆子   ・・・そうだね フジコ  大人になったら、早う部屋借りて、一人暮らしするんや 隆子   一人暮らし? フジコ  せや。タカさんと一緒でもええよ。      タカさんと一緒って、なんや楽しそう 隆子   フジコと一緒・・・? フジコ  料理とかはウチが作るさかいに、タカさんは大学とか行って勉強して・・・      その代わり、後片付けはタカさんの仕事や 隆子   へえ・・・ フジコ  いややわー!それってなんや、ごっつ新婚さんみたいやね!      自分で言ってて照れたわー!! 隆子   ・・・そうだね。子供って・・・つまらないよね フジコ  毎週ここに来るのって、大変じゃ、ないん? 隆子   なんで?迷惑? フジコ  そんなことあらへん!うちは、ごっつ、嬉しいわ。火曜日が待ち遠しいし      ・・・でも、親御さんとか、嫌な顔しはるやろ 隆子   ううん。別にそんなことないよ。毎日ってわけじゃないし。      ・・・本当は毎日来たいんだけれど。そうもいかないから・・・      火曜は塾が七時からで、ここは六時までだから、ちょうどいいの。      それに、フジコと話してると楽しいし・・・だから、気にしないで。 フジコ  さよか、そんならええんやけど。 隆子   うん。 フジコ  学校、なんかある? 隆子   夏休み中だから、何もないよ フジコ  あっ、そうか!そうやね・・・って、夏休みなのになんで制服なん? 隆子   えっ・・・別に・・・考えなくていいから楽だし・・・      今日、補習あったし・・・・ フジコ  補習って、必要ないやん。自分 隆子   うん、でも質問したいって言ったら、重森先生が、来てもいいって フジコ  思うんやけど!学校の先生ってよくない?      夏休みもらえるんやで?大人のくせに!      宿題無いのに!おかしないか? 隆子   うん、あたしも昔はそう思っていたけど、今日聞いたらそうでもないんだって。      夏休みでも、先生って学校に来てるんですって フジコ  生徒もいないのに何してんの? 隆子   (ちょっと困って)・・・さあ。 フジコ  ほら!絶対おかしいやんか!補習ゆうたかて、そないにたくさん      しはるわけやないやろ?プールとかさ、林間学校とかさ、      絶対遊んではるって、先生! 隆子   そうなのかなあ・・・ フジコ  せや!いいなあ。うちも大きくなったら先生になろうかなあ 隆子   フジコが先生?・・・それって、いいかも フジコ  そう?そう思う? 隆子   思う思う フジコ  そうかー。新しい目標ができたわー。夢袋に入れとこー 隆子   夢袋?何、それ? フジコ  いや、何と聞かれてもなんやけど・・・      ほら、夢とか目標とか、浮かんだら、覚えとくわけやん。      それを覚えとく脳味噌の場所が、夢袋。 隆子   へええ・・・ フジコ  あっ、いま、こいつアホやなって思ったやろ 隆子   思ってない、思ってない! フジコ  うそやー 隆子   思ってないよ。・・・どちらかっていうと、すごいなあって思ったの フジコ  スゴイ? 隆子   うん。将来の目標とか。あたしだったら、夢袋なんて、おもいつかないし、      それに、袋に入れるほど、夢なんて、ない。 フジコ  タカさんの夢って? 隆子   だから、ないもの フジコ  夢じゃなくてもさ、こうなりたいっていう目標とかはあらへんの? 隆子   ・・・いい高校入って、いい大学に行って・・・      ・・・そこまでしか、決まってない フジコ  すごいんやんか?それでも 隆子   すごくなんかないよ フジコ  なんで? 隆子   だって・・・お母さんが、いつもやりなさいって言ってることだもん、これ。      あなたは、あたしみたいに、つまらない小さな工場の女房で終わっちゃ駄目よ、って・・・ フジコ  ・・・・ 隆子   キツイよね。お母さん、自分で自分の人生、否定してるんだよ?      だからあたしに期待して・・・いい高校、いい大学、いい会社に入って、      たぶん次はいい結婚して・・・ フジコ  女はつまらんな!結婚したら仕舞いやみたいに言われてもうて!      うちは一生結婚なんかせえへんわ 隆子   ・・・そういうのって、ありなの? フジコ  ありやろー?いまどき子供生んでも満足によう育てられへん大人が      ぎょうさんおるやんか。あーゆーの見とると、なんや結婚とか家庭とか、      憧れられへんわあ 隆子   ・・・そうかもね フジコ  せやったら、老後は気のあった女友達と一緒に暮すんや。      そっちの方がええと思わへん? 隆子   そうかも フジコ  なあ、そやろ?もしタカさんがずっと独身でおったら、ウチがもろたる 隆子   (笑う) フジコ  なあして笑うかなー。けっこうマジなんやでー 隆子   だって・・・・・ああ、でも、最近笑ってなかったな、笑ったの、久しぶり。 フジコ  夏休み面白うないのん? 隆子   そんなに面白くはないよ フジコ  工場、大変? 隆子   どこも大変だよ。うちの学校にきてる子はみんな中小の工場の子ばかりだから フジコ  そやね。不景気はよ終わらんかなあ 隆子   巨人が優勝すると景気がよくなるんでしょ フジコ  アホなこと言わへんの。そないな事は迷信! 隆子   迷信? フジコ  せや。真っ赤な迷信や!      逆やで、逆!阪神が勝てば日本は景気がよくなるんやー 隆子   そうなの? フジコ  そうや。阪神はええで。うちも阪神が勝った時はお父んの機嫌がようなるもんな 隆子   お父さんと景気って関係ないんじゃない? フジコ  いやいや、大有りでっせー。でもって、今阪神むっちゃ強いんや!      優勝するかもしれへんのやで! 隆子   野球で優勝すると、どうなるの? フジコ  日本一を決めるために、パ・リーグの覇者と戦うわけや! 隆子   へえぇ フジコ  パ・リーグは多分王監督率いるダイエーがやってくるわけや。      そして戦う頂上決戦! 隆子   詳しいねえー フジコ  まあね 隆子   選手とかで、好きな人っているの? フジコ  今年の阪神はマジ最高やからねえ・・・今岡、金本、赤星!      みんな好きなんやけれど、ま、敢えて言えば片岡かいな 隆子   カタオカ? フジコ  ああっ、やっぱ知らんよな!通(つう)やとここで、「おっ、渋い趣味やねっ」って      くるんやけどなー      日ハムから移籍したはいいが鳴かず飛ばずの一年目、徹底したフォーム改造で      やっとつかんだ2年目のチャンスを生かしまくりのこの活躍っぷり!      苦労人!努力人!おお片岡!くぅうっ!なんとも言えんわ! 隆子   ・・・ごめん、やっぱわかんないや フジコ  (我に返る)いやいや、タカさんが謝ることとちゃうって      ちょっと熱くなってしまいましたわ 隆子   好きなことがあるって、うらやましいな フジコ  好きなこと、ないの 隆子   ・・・ないな フジコ  だったら、好きなこと、つくればいいやんか 隆子   そうかな フジコ  そうだよ 隆子   ・・・うん    ◆フジコ、時計に気がつく。隆子も気がつくが、視線をそらす。 フジコ  タカさん、そろそろ・・・ 隆子   ・・・うん (立ち上がる) フジコ  またな 隆子   うん。またね フジコ  新学期始まったら、忙しくなるんでしょ 隆子   わかんない フジコ  また。 隆子   うん・・・またね    ◆隆子、何か言いたそうに立ち止まって振り返る。フジコ、手を振る。 隆子   今度、あたしも・・・ フジコ  え?何? 隆子   今度、あたしも、阪神応援してみる!    ◆隆子、叫ぶように言って、その後恥かしそうに走り去る。フジコ、ゲッツをしながら退場。 【3場】九月上旬の夕方    ◆ホリゾント変化。 生徒2  ねえ、新学期委員長来たじゃない 生徒1  そうね。来ないかと思ってた 生徒2  先生にはひいきされてるからねー、河村さん 生徒1  出来はいいからね、あの子 生徒2  あたしたちのことなんて、最初から見下しているって感じよね    ◆照明もどる。1・2場より更に赤みがかったホリゾンで。     隆子せかせかと入場。上手からフジコが落ち着いて入ってくる     (フジコ上着)と、駆け寄って肩を揺さぶる。 隆子   フジコ、フジコ! フジコ  何、どないしたんや、そないに血相変えはって 隆子   裕太君が、裕太君が・・・ フジコ  ああ、知っとるって。ただの火傷やさかい、心配せんでええよ。 隆子   でも・・・!ひどいんでしょう?随分・・・! フジコ  大丈夫やて。うちも、初めは驚いたけど、同じ病院やし・・・      ・・・大丈夫やて。落ち着いて、取りあえず、座ろうや。・・・な? 隆子   火傷って・・・なんで・・・? フジコ  ・・・・・一人でお湯を沸かそうとしていたら、手が滑ったんやて 隆子   ・・・うそ フジコ  ホンマやって。なんでうちがタカさんにウソ言わなあかへんの 隆子   何で背中なのよ。手に持ったヤカン落として、どうして背中に      火傷するのよ! フジコ  ・・・あの子、ドジだから 隆子   フジコもよ!あれだけ運動神経のいいフジコが、何で転んだぐらいで、腕折るのよ? フジコ  タカさん 隆子   おかしいでしょ!どう考えても変じゃない!      フジコはなんでいつも怪我ばかりしてたの?      お医者さんはどうしてフジコを家に帰さないの? フジコ  ・・・タカさん 隆子   先生は知っていたんでしょう?      だから、フジコが学校に来なくても何も言わなかったんでしょう? フジコ  ・・・・・ 隆子   なんで黙っているの?なんで我慢してるの?      フジコのお父さんもお母さんも両方そうなの?      なんでなの?自分の子供なのに、なんで・・・?!      (隆子、泣き崩れる。) フジコ  (屈んで隆子の背中をさする。)・・・父親に向いていない人、      っていうのもおるんや・・・お父んも可愛そうな人やったから 隆子   ・・・・・ フジコ  大丈夫やから。・・・裕太は、児童相談所が預かってくれることになっとるから。 隆子   ・・・あたし・・・あたし、何もできない・・・ フジコ  当たり前やん。そないなことタカさんが気にせんもでええことやんか。      うちは・・・タカさんが、こうやって来てくれはるだけで、・・・助かってる 隆子   フジコ・・・ フジコ  誰かのためにいられるって感じられると、人間って、結構生きていけるもんやで。 隆子   あたし、フジコのためになってるの?      フジコのために、いてもいい? フジコ  当たり前やん・・・うちもタカさんのためにおって、ええ? 隆子   ・・・(頷く) フジコ  タイガースが・・・ 隆子   え? フジコ  阪神タイガースが・・・      もし、阪神タイガースが、このまま、18年ぶりに優勝したら・・・ 隆子   うん フジコ  そのときは、きっと上手くいく。      全部、全部うまくいくって、そう決めよう 隆子   それも、夢袋にいれるの?    ◆隆子、べそかきながら、笑う。 フジコ  せや。夢袋に入れるんや。 隆子   優勝するかな、阪神 フジコ  するよ。奇跡だって、・・・おこるよ。      阪神さえ優勝すれば、お父んかてお酒を止められるだろうし、      仕事も今度こそ続くと思うんだ      ・・・あんなんでも、たった一人の父親やし。 隆子   日本の景気もよくなって、うちの工場もうまくいくかな フジコ  きっと、いくわ。 隆子   ・・・うん。    ◆隆子、立ち上がる。時計に気付く。 隆子   今日は・・・もう、行かなくちゃ。今度は裕太くんとこにも、お見舞い行くから フジコ  うん 隆子   (行きかけて)そうだ。一緒に見よ。 フジコ  一緒って、何がや? 隆子   阪神の優勝、一緒に見よ。 フジコ  そうかて、テレビあらへんもん。 隆子   じゃあ、あたし、ラジオ持ってくる。だから、一緒に聞こ。 フジコ  せやな、一緒に聞こか。 隆子   約束。(小指を出す。) フジコ  ああ、約束や。(指切りする。)・・・じゃあ、また。 隆子   うん、じゃあね。    ◆隆子、退場。ヒグラシの声。フジコ、隆子を見送ってから、ゆっくり退場。 【4場】九月中旬の夜    ◆ホリゾント変化。 生徒1  ねえねえ、知ってた? 生徒2  ああ、聞いた聞いた! 小学校で緊急保護者会だって言うじゃない! 生徒1    1学期にいた転校生・・・ 生徒2  お父さん、捕まったんだってね。ギャクタイ? 生徒1  テレビやってたじゃん 生徒2  学校とかさ、ボカシ入ってたけど、バレバレだっちゅーの 生徒1  そうそう。 生徒2  でもさ、まいったよね。うちの親なんか犯罪者の子が同じクラスでいいのかって 生徒1  ああ、うちも言ってた 生徒2  でも、どうせまた転校するでしょ 生徒1  いられないよね 生徒2  うん。フツー、いられない    ◆照明戻る。フジコ上手から登場。時計を気にしている。下手から隆子。フジコに駆け寄る。隆子冬服。 隆子   (嬉しそうに)フジコ! フジコ  何や、タカさん、今日は火曜日やないやろ。それに面会時間終わっとるで。 隆子   夕方のニュースで、マジックが1でどうとかって、それでテレビ見てたら、      お父さんが、阪神優勝するっていったから・・・ フジコ  ほんまかいな・・・バタバタしてて、知らんかったわ。 隆子   ラジオ持ってきたよ。 フジコ  ありがとう。 隆子   ・・・どうしたの? フジコ  ・・・お別れや。 隆子   えっ? フジコ  しょうがないもんな。・・・お母んについて、またどっか行くわ 隆子   うそ・・・! フジコ  これ、辻先生に返しといて(本を出す)      それから、これ、ノート。えらいおおきにな 隆子   フジコ! フジコ  うち、東京の学校、けっこう気に入っていたんやで 隆子   ・・・フジコ・・・! フジコ  ・・・裕太の怪我で、お医者さんが警察に通報したらしいんや。      うちも話聞かれてな。・・・うちだけやったら我慢するけど、      裕太が怪我するようやったら、・・・やっぱ、・・・あかんやろ。 隆子   東京に、いようよ・・・一緒に、いよ? フジコ  いたいけどなあ。うまくいかへんもん 隆子   ・・・なんで フジコ  お母ん、一人じゃ、なんもようせえへんもんな 隆子   でも、フジコたちを守ってくれなかったお母さんなんでしょ? フジコ  ・・・あんなんでも、親やねん。 隆子   ・・・ フジコ  タカさんは、いっつもうちの代りに泣いてくれはるんやなあ 隆子   あんたは、馬鹿よ、フジコ フジコ  せやな 隆子   一緒に暮らそうよ フジコ  せやな 隆子   早く、大人になろうよ フジコ  せやな 隆子   きっと、みんな上手くいくんだから フジコ  せやな 隆子   阪神だって、もうすぐ、優勝するんだから フジコ  せやな 隆子   フジコ・・・ フジコ  ごめんなあ 隆子   ・・・? フジコ  ホンマは、タカさんもぎょうさん言いたいことあったんやろ?      いつも、うちばっかりしゃべくりまくってて・・・      うちら、実はあんまりちゃんと話してなかったのかもしれへんね 隆子   ・・・ フジコ  ほな・・・行くわ 隆子   駅まで・・・駅まで、見送っちゃ、だめ? フジコ  あほやな。夜逃げなんやで。夜逃げっちゅーもんはな、      後から調べられんように、こっそりやるもんなんや 隆子   ・・・ フジコ  ホンマおおきにな。タカさんのおかげで、楽しかったわ 隆子   ・・・あたしだって・・・ フジコ  せやったら、うちのぶんまで学校行ってーな。 隆子   ・・・知ってたの? フジコ  何とのうな・・・大丈夫や。      タカさんが元気で、東京におってくれはるって思うだけで、      ・・・うち、大丈夫になれる。 隆子   ・・・    ◆壁時計の鐘の音。 フジコ  (二人、壁時計を見る)・・・時間やわ・・・もう、行かな 隆子   フジコ・・・ フジコ  せや。(手紙を差し出す。)これ、後で、読んで。ほな、な。      (歩き出す。) 隆子   またね! フジコ  (振り返って)ああ、せやな。    ◆フジコ、ゆっくりと退場。隆子、手紙を読み始める。途中で、フジコに替わる。     最後の方で、また、隆子にもどる。 手紙  ・・・タカさん、ほんとは、直接言いたかったんやけど、恥ずかしいので、手紙にします。     漢字とか、間違ってたらごめんなさい。詳しくは知らないんやけど、うちらは、これから     山形のほうにいくらしいです。きっと、山形は東京より空が奇麗です。きっとお母さんも     落ち着きます。きっと、裕太も笑います。     タカさん、ホンマ、うちタカさんの家の隣りに越してきて、タカさんと同じガッコで、     同じクラスになって、よかったって思うてます。いままでの学校じゃ、ほんまの友達     でけへんかったもん。ほんとは、こっちから手紙書きたかったんやけど、何やら、消印が     どうとかで、あかんらしいので、ごめんなさい。そのかわり、大人になったら、迎えに     いくからな。他の男に浮気したらあかんで。でも、そのときは、うちのごちゃまぜの関西弁に、     東北弁も入って、きっと、ものすごいことになっとるやろな。     タカさん、東京と山形は、随分離れとるけど、でも、同じ空の下に、タカさんがいるんやなあって。     この空も、この足元も、タカさんの場所に、つながってるんやね。そう思て、その日まで、     がんばります。ほな、タカさんもお元気で。大丈夫、きっと、全部、うまくいく!    ◆隆子、ラジオのスイッチを入れる。タイガース優勝のアナウンスが小さく流れる。 隆子   せやな、阪神が優勝したんやもん。    ◆アナウンス、大きくなる。ゆっくりと幕。