『くしゅん!   昭和54年冬、宇都宮ユニオン通り商店街』    作・志野英乃 この作品の使用料は以下のように定められています。 1 小学校、中学校、高校、その他学生の無料公演 ・・・ 無料 2 アマチュア劇団の公演、学生の有料公演 ・・・・・・ 5000円 3 プロの劇団の公演 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 全チケット収入の1割 (全チケット収入の一割が5000円に満たない場合は5000円) [2]の場合、公演の2週間前までに、 [3]の場合、公演後2週間以内にお支払いください。 -------------------------------------------------------------------------------- 【キャスト】    あさみ (中学3年生 ユニオン通りタバタ理髪店の娘)    ゆうた (中学3年生   〃   貸レコード和音堂の息子)    まさみ (小学4年生   〃   タバタ理髪店の娘 あさみの妹)    ひで  (小学5年生   〃   かつ好の息子)    かほ  (中学1年生   〃   小料理志のぶの娘)    BB  (中学3年生   〃   BBカトレア洋品店の娘)    さくら (中学3年生 材木町斎藤精肉店の娘)    しょうこ(中学2年生  〃 篠田硝子店の娘)    こむぎ (小学6年生  〃 小松酒店の娘) --------------------------------------------------------------------------------        ■ ひっく ■        タバタ理髪店の店内。        夜。        エプロン姿のあさみ、床に落ちた髪の毛を掃いている。        ジャージ姿のひで、ソファに腰掛けてマンガを読んでいる。 声      お父さん!お父さん!・・・・・・もう!        パジャマに半纏姿のまさみ、父親の仕事着を持って店内に入ってくる。        そのまま、ふてくされて散髪用の椅子に。父親の仕事着に顔を埋める。 あさみ    ダメだった?お父さん。 まさみ    (そのままうなずく)        ジャンパー姿のゆうた、入ってくる。 ゆうた    おす。 あさみ    おす。ゆうた。 ゆうた    おじさん、今、行ったみたいだけど。 あさみ    うん。どうせ「志のぶ」でしょ。ま、かほちゃんいるから。 ゆうた    この前みたいになったら大変だからね。 あさみ    さすがにあれには懲りたでしょ、お父さんも。 ゆうた    東武の交番だからね。 あさみ    うん。よその店の看板、二度と蹴飛ばしたりしないって言ってたから。 ゆうた    お。ひで。風呂帰りか。 あさみ    違うの。ひで君、お風呂行くの嫌でここでサボってんのよ。 ひで     あさみ、うるさい。 ゆうた    そんなに銭湯嫌か? ひで     だって熱いもん。 あさみ    水で埋めたらおこられたんだって、しょうこちゃんとこのおじいちゃんに。 ゆうた    ああ、材木町の。 まさみ    (起きて)ふろ入らないヤツはふけつだぞ。 ひで     うるせえ、バーカ。 まさみ    あーあ、ひでえ顔だ。 ひで     ブスは黙ってろ。 まさみ    ブタよりはマシですー。 ひで     うちの商売、バカにしないでくださいー。 まさみ    「かつ好」のこと言ってるんじゃありません。あんたのこと言ってるんです        ー。 ひで     ましゃみのくせにいばるのやめてくださいー。 まさみ    ひでブタこそ、ユニオン通りから出て行ってくださいー。 あさみ    やめなよ、二人とも。はい、ひで君。(蒸しタオルを頭に置く) ひで     お、熱っちぃ! ゆうた    え?何それ? あさみ    蒸しタオル。これで頭濡らすんだって。 ゆうた    ああ、風呂に行ったふりか。偽装工作だ。 まさみ    言っちゃお、言っちゃお、「かつ好」に言っちゃお。 ひで     言うなよ。 まさみ    言っちゃお。 ひで     そしたら、もうパトラッシュ連れて来ないもん。 まさみ    え?・・・パ・・・パトラッシュは連れて来てよ・・・。 ゆうた    あ、パトラッシュいたね。 あさみ    うん、表につないであるよ。 ゆうた    「かつ好」の肉食べてるから肉づきいいよね。 まさみ    パトラッシュ! 声      バウ! まさみ    ほら、ましゃみちゃんにはなついてるんだから。 ひで     そんなことねえよ。パトラッシュ! 声      ・・・。 ひで     あれ? まさみ    ほうら。パトラッシュ! 声      バウ! ゆうた    ほんとだ。ましゃみにはなついてる。 あさみ    ふふふ。 ひで     ふん! あさみ    (エプロンをとりながら)そういえば、ゆうた、今日行ったんだって?補習。 ゆうた    うん。理科好きだから。 あさみ    ゆうたの成績だったら、行かなくてもいいのにね。 ゆうた    あさみだって行ってないじゃん。 あさみ    あたしはほら、お店の手伝いするって言ってあるから。ほんとは数学とか英        語とか出なくちゃいけないのよ。 ゆうた    中央女子だっけか? あさみ    うん・・・今、迷ってるんだ・・・もしかしたら、宇商にするかもしれない。 ゆうた    宇商かあ。 まさみ    (父親の仕事着に顔をつけて)あー、お父さんのしごとぎ、チクチクするー。 あさみ    で、どうだった?理科。勉強になった? ゆうた    ああ、塚原先生だったからさあ、関係ない宇宙の話になっちゃってさあ。 あさみ    へーえ。塚原先生らしいね。 ゆうた    宇宙はどうしてこんなにうまくできてるんだろうって話。ほら、宇宙ってさ、        なんでこんなにうまくできてるんだろうってほど、よくできてるでしょ? あさみ    ・・・そうかな? ゆうた    塚原先生が言うには、実はこの宇宙も人間なんかの生まれない、できそこな        いの宇宙になる可能性があったんだって。ところが、そういうできそこない        の宇宙には人間が生まれることはないから、どうしてこんなにうまくできて        るんだろう、って考える人間はいない。 あさみ    ・・・。 ゆうた    よくできてる宇宙にだけ、人間のような知的生命体が生まれる可能性がある        わけだから、人間の住む宇宙はよくできてるに決まってるという話。わかっ        た? あさみ    なんか、わかったようなわからないような。 ゆうた    後でじっくり考えてみるといいよ。 あさみ    うん。・・・でも、そんな話ばかりしてたら、受験勉強にならないね。        まさみ、立ち上がって本棚のある本を持ってきて、あさみにさしだして。 まさみ    おねえちゃん、これ。 あさみ    え?お姉ちゃん、これから夕食作らなくちゃいけないでしょ。 まさみ    読んで、ねえ、読んで。 あさみ    まさみは、ほんとにこの本好きねえ。 まさみ    うん。 ゆうた    何て本? あさみ    それが、表紙と最後のページが取れちゃってて。 ゆうた    ふーん。じゃあ、最後どうなるかもわからないの? まさみ    早く早く。(前にある丸イスに座る) あさみ    うん。はいはい。(丸イスに座る)「これはほんとうにあったおはなしです。」 まさみ    うんうん。 あさみ    「あるところにまぬけなサンタがいました。まぬけなサンタはねぼすけでし        た。ねんがらねんじゅうぐーぐーねてばかりいました。」 まさみ    ・・・。 あさみ    「そんなわけでクリスマスの日にねぼうして、プレゼントをくばるのを忘れ        てしまいました。」 まさみ    ふふふ。 あさみ    「こどもたちは、ひなんごうごうです。」 まさみ    ひなんごうごう、って? あさみ    えーとね・・・。 ゆうた    みんな怒ったっていうこと。 あさみ    ああ。 まさみ    つぎ、つぎ。 あさみ    「おくれてプレゼントをわたしにいったのですが、みんなこどもたちはおこ        って、プレゼントをうけとってくれません。まぬけなサンタはくたくたにな        って、それでもいっけんいっけんあやまってあるきました。」 まさみ    ・・・。 あさみ    「さいごのいえはおんなのこのいえでした。まぬけなサンタは、ちいさなお        んなのこに ゆうた    (くわわる)おくれてごめんよ あさみ    といいました。ところが、そのおんなのこは        何かかなしいことでもあったのでしょうか。ただひとみになみだをうかべて、        じっとサンタをみつめているのでした。」 まさみ    ・・・。 あさみ    「まぬけなサンタはそっとほほえんでこういいました。 ゆうた    わたしはきょう、たくさんのこどもたちにおこられてしまった。もうサンタ        クロースをいんたいしようとおもう。きみは、わたしがプレゼントをおくる        さいごのこどもだ。だから、とくべつにいいことをおしえてあげよう。」 まさみ    ・・・。 ゆうた    「サンタしかしらないひみつのおまじないだ。いいかい、よくきくんだよ。        きみのいちばんのねがいこどをかみにかいて、いっしゅうかんくつしたにい        れてさげておくんだ。そうすれはきっとこのサンタがきみのねがいごとをか        なえてあげよう。」 まさみ    ・・・。 ゆうた    「ただし、ひとつだけちゅういしなくてはいけない。これからいっしゅうか        んはぜったいくしゃみをしてはいけないよ。もし、くしゃみをしてしまった        ら、ねがいはおじゃん。じかんもすべてもとどおり、いまにもどってしまう        から。」 ひで     ひっく! ゆうた    え? あさみ    しゃっくり? ひで     ひっく! まさみ    もう!今、いいとこだったのに! あさみ    え?ひで君、何でしゃっくりでたの? ひで     わかんない。ひっく! ゆうた    そいつは大変だ。・・・わっ! ひで     わー!・・・ひっく! ゆうた    あ、ダメか、おどろかすの。 あさみ    えーとね、鼻つまむと止まるんだってよ。 ゆうた    あ、ほんと?(ひでの鼻をつまむ) ひで     ぐるじい、ぐるじい。 あさみ    どう?ひで君。 ゆうた    止まったか? ひで     ・・・うん・・・止まったみたい。 あさみ    でしょう?効くのよ、それ。 ゆうた    ほんとだ、すごいね。 ひで     ありがと・・・ひっく! あさみ    あちゃー。 ゆうた    全然止まってない。 ひで     ひっく! あさみ    なんかさっきよりよけいひどくなってない? ゆうた    そういえば知ってる?しゃっくりが止まらなくてさ、死んだ人いるんだって。 あさみ    えー、ほんと? ひで     ・・・ひっく!・・・。        まさみ、本を置いて外に行こうとする。 まさみ    パトラッシュと遊んで来よおーっと。(ひでに)みじめ。みじめ。        まさみ、出ていく。 ひで     ひっく! 声      パトラッシュ。 声      バウ! 声      パトラッシュ。よしよしよし。 ゆうた    他にないんだっけ?しゃっくりの止め方。 ひで     ひっく! ゆうた    早く止めないと、ひで死んじゃうよ。 あさみ    そんなこと言ったって。        セーターにマフラー姿のかほ、入ってくる。 あさみ    あ、かほちゃん。 かほ     おじさん、うちの店に来てるから。 あさみ    あ、うん。 かほ     もうけっこう酔っぱらっちゃってる。 あさみ    ごめんね。いつもお父さんあんなで。 ひで     ひっく! かほ     (小鉢をさしだして)うちのお父さんがこれタバタさんに持ってけって。 あさみ    いつも悪いね。 かほ     銀ダラの西京焼き。おかずになるよ、きっと。 あさみ    ありがと。何か作らなきゃって思ってたんだ。助かる。 ゆうた    「志のぶ」の料理は何でもうまいからなー。 ひで     ひっく! かほ     ところで、どうしたの?この人。(ひでのこと) あさみ    さっきから、しゃっくり止まらないんだ。 ゆうた    驚かしたり、鼻つまんだりしたんだけど効かなくてさ。 かほ     へーえ。 ひで     ひーっく! あさみ    かほちゃん、知らない?何かしゃっくりの止め方。 かほ     うん、知ってる。        かほ、ひでのところに歩いていって、脳天にチョップする。 ひで     !!! あさみ    あ。 ゆうた    え? ひで     ・・・・・・止まった・・・・・・。 あさみ・ゆうた    えーっ!?        暗転。        ■ こほ ■        タバタ理髪店の店内。        三、四日後。夜。        あさみ、丸イスに座ってクリスマス・ツリーに飾り付けをしている。        ゆうた、ソファに腰掛けて新聞を読んでいる。        まさみ、絵本を読んでいる。 まさみ    ええ話やなあ、この本。ねえ、おねえちゃん。この本の最後おぼえてないの? あさみ    うん。おぼえてない。・・・あれ?ゆうた、今日って何日? ゆうた    (新聞の日付を見て)12月22日、土曜日。 あさみ    そっか。土曜日だったんだ、今日。 ゆうた    今日のテレビはねえ・・・。 まさみ    「ぜいいんしゅうごう」。 ゆうた    うん。「全員集合」の裏で、「欽ちゃんのドンとやってみよう」もあるな。9        時からは「Gメン’75」、と。 あさみ    ここで見ようか、「全員集合」。ほら、茶の間のテレビ映り悪いから。 ゆうた    うん。 まさみ    うん、ってかえらないのか?「わおんどう」に。 ゆうた    帰るったって、隣だからね。 まさみ    おねえちゃんめあてで来てるくせに。 ゆうた    ち、違うよ。僕はいつも新聞を読みに来てるわけ。 まさみ    どうだか。 ゆうた    あと、おじさん、すぐに飲みに行っちゃうから、女ばかりだと不用心だって、        うちのお母さんが言うから・・・。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・昭和54年もいろいろなことがあったなあ・・・うん・・・そうだ、        インベーダーゲームが流行ったよなあ・・・それから、ほら、天中殺だろ・        ・・。        まさみ、靴下を取りに行って、戻って来て。 まさみ    おねえちゃん、ましゃみちゃん、いいこと思いついたんだ。これツリーにつ        るしたい。 あさみ    靴下? まさみ    うん。でもね、このくつしたの中はぜったいに見ちゃダメね。 あさみ    え? まさみ    ぜったいに見ちゃダメだからね。ね。 あさみ    ・・・うん、わかった。絶対見ないよ。(つるす)        コート姿にミトンの手袋をしたBB、入ってくる。 ゆうた    お、BB。 BB     おー、さむさむさむさむさむ。 あさみ    寒いよね、今夜。 BB     寒いなんてもんじゃないでしょ。息も凍るってのはこのことよ。 まさみ    (入り口に走っていって)ちゃんとしめてよ、ドア!BB! BB     は? まさみ    まったく。ましゃみちゃんはカゼひいたら、たいへんなんだから。 BB     ああ。そういえば、かほちゃん、風邪ひいたんだってよ。 あさみ    あ、ほんと? BB     うん。今、ちょっと「志のぶ」に寄って来たんだ。そしたら、「志のぶ」のお        じさんが、かほ、熱出して寝てるって言ってた。 あさみ    そう。 BB     39度も出てるんだって。咳がこほこほ出てるってさ。あ、いたの?ゆうた。 ゆうた    さっきからずっと。 あさみ    うちのお父さんいた?「志のぶ」に。 BB     今日は珍しく「かつ好」みたい。 あさみ    あ、ほんと。 BB     あ、そういえば、どうした?あれ。 あさみ    あれ?あれって何よ。 BB     あれはあれじゃない。うまくいったの? あさみ    えーとね・・・。(何となくゆうたが気になる) BB     映画行ったんでしょ?孝治君と。何観たって? ゆうた    ・・・。 あさみ    ・・・「チャンプ」っていうの、観た。 BB     で、どう?おもしろかった? あさみ    それが・・・全然、物語わからなかった。 BB     え?どうして? あさみ    眼鏡、持ってかなかったから。 BB     あー、よく見せようとしたんだ、最初のデートだから。 あさみ    まあ、そんなとこ。 BB     全然字幕が見えなかったんでしょ? あさみ    うん。 BB     バカねえ、あんた。映画観る時くらいは眼鏡かけていいのよ。どうせ真っ暗        なんだから。どんな顔してようが、わかりゃしないんだから。 あさみ    そうだったんだけど。 BB     ま、いじらしい乙女心ってやつですか。で、映画観た後、どうした?一緒に        ハンバーガーでも食べた? あさみ    東武行った。 BB     近場で攻めてきたね。あ、わかった。行ったんだ「アメリ舘」。 あさみ    まあ。 BB     「メキシ舘」も。 あさみ    まあね。 BB     うわっ、「アメリ舘」も「メキシ舘」も行っちゃったよ、この人。乗り物乗っ        たり、アイスクリーム食べたりしたわけだ。くーっ、やるねえ、このこのこ        の。(あさみを押す)それで、それで。 あさみ    え?あとはさよなら、って。 BB     え?約束は?次の。 あさみ    え? BB     しなかったの?次の約束。次は八幡山に行ってプラネタリウム観ましょう、        とか。ゴーカート乗りましょう、とか。ロングすべり台すべりましょう、と        か。 あさみ    全然。 BB     全然? あさみ    うん。 BB     ・・・それは・・・どうしたらいいのかな? あさみ    あ、そんなことよりコーヒー飲まない?BB。たんぽぽコーヒー。 BB     あ、うん。いる。これは何とかあたいがまたがんばらないといけないかな。        孝治君、あさみに紹介したのも、このあたいだし。 あさみ    いいって、別に。流れにまかせて。 BB     流れにまかせてって・・・恋愛上級者みたいなこと言うわね。 あさみ    はい。(たんぽぽコーヒーを出す) BB     あんがと。いただきます。 あさみ    ゆうたも。(コーヒーを出す) ゆうた    あ、あ、あ、うん。 まさみ    ましゃみちゃんはココアがいい。 あさみ    はいはい。 BB     春の香りがするー、っていかんいかん。孝治君のこと考えないと・・・あ、        今頃、孝治君、くしゃみしてるかもしれないよ。はっくしょん、って。 まさみ    へ? BB     ほら、噂話するとさ、くしゃみするって言うから。 まさみ    え?それ、ほんと? BB     うん、よく言うよね、噂話するとくしゃみ出るって。 まさみ    あー、おねえちゃん! あさみ    え? まさみ    ましゃみちゃん、ココアいらない! あさみ    え?どうして? まさみ    どうしても!それから、ましゃみちゃん、今日はもうねる! あさみ    もう?!だって、「全員集合」は? まさみ    今日はがまんする。あとでおしえてね、しむらけん。 あさみ    あ・・・うん。        まさみ、茶の間に去る。 BB     いったい何なんだ?        まさみ、再び出てきて。 まさみ    あ、それから、ましゃみちゃんのうわさばなしするの、やめてね! BB     ・・・は? まさみ    ぜったいに、ましゃみちゃんのうわさしないでね!おやすみ!        まさみ、去る。 あさみ    ・・・おやすみ・・・。 BB     どうしたんだろ?ましゃみ。 あさみ    ・・・まあ、いいじゃない。小学生は早く寝た方が。 BB     それはそうだけど。あー、ごちそうさま。コーヒーおいしかった。塾の帰り        で凍えそうだったのよ。あったまったわ。ほんと、ここオアシスって感じ。        ほわわわ。じゃ、またね、あさみ。バイバイ。 あさみ    うん。バイバイ。        BB、出ていく。        が、また、顔を出して。 BB     ふりむけば、愛。キャハハハ。がんばれ、初恋。        BB、去る。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・。 あさみ    あ、見る? ゆうた    え? あさみ    「全員集合」。 ゆうた    あ、そうだね。        あさみ、店のテレビをつける。 あさみ    映りがいいんだ、こっちの方が。 ゆうた    あ、うん。        間。 あさみ    見ればいいのに、まさみも。ドリフおもしろいのに。(眼鏡をかける) ゆうた    (あさみの横顔を見る) あさみ    (テレビを見たまま) ゆうた    (テレビを見る) あさみ    ふふふ。やっぱりおかしいね、志村けん。ねえ。 ゆうた    あ、うん。(ちょっとひきつり気味で笑う) あさみ    (しばらく笑っているが、やがて笑い止んで首をたれる) ゆうた    へ?        あさみ、眼鏡をはずして、ひざの上に置く。 あさみ    (首をたれながら)ごめん・・・ほんとは今日は笑いたい気持ちじゃないん        だ・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・うちのおとうさんと・・・おかあさん・・・正式に離婚することにな        った・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・今日、おとうさんに言われた・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・あたしのおかあさん・・・足利にいるの知ってるでしょ?・・・。 ゆうた    ・・・うん・・・。 あさみ    ・・・なんか、今度結婚したいんだって、小さい男の子のいる人と・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・だから、別れるんだって・・・おとうさん・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・あ、ゆうた、別に心配しなくていいよ・・・ずっと、あたしとまさみ        はここにいるから・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・まさみは、まだ離婚のこと知らないけど・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・だって、おとうさん、仕事終わると飲みに逃げちゃうし・・・。 ゆうた    ・・・・・・。        間。 あさみ    ・・・ツリーの靴下・・・。 ゆうた    え?・・・。 あさみ    ・・・ツリーの靴下の中、見てみて・・・。 ゆうた    あ、うん。        ゆうた、ツリーまで歩いていって。 あさみ    ・・・だいたい、何て書いてあるか想像つくけど・・・。        ゆうた、靴下の中から画用紙の切れ端を取り出す。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・何て?・・・。 ゆうた    ・・・おかあさんがはやくかえってきますように・・・。 あさみ    ・・・・・・。        暗転。        ■ ごー ■        タバタ理髪店の店内。        二日後。十二月二十四日。夜。        あさみ、まさみ、かほ、丸イスをテーブルにして、クリスマスケーキを見つ        めている。 あさみ    これ、ほんとうにおじさん作ったの? かほ     うん。 あさみ    上手だねえ。 かほ     タバタさんとこに持ってけって。 あさみ    ありがと。助かる。おじさん、こういうのも作れるんだ。 かほ     うちのお父さん、日本料理やる前はフランス料理屋さんにいたから。 あさみ    そうなんだ。やるもんだねえ。よかったね、まさみ。 まさみ    ・・・うん・・・。 かほ     ・・・・・・。 あさみ    あ、かほちゃん、もういいの?風邪。 かほ     あ、うん。咳がひどかったけど、もうだいじょうぶ。 あさみ    うん、よかったね。・・・まさみ、どこ食べたい?チョコレートのお家のある        ところがいい?        ゆうた、入ってくる。 ゆうた    おす。 あさみ    おす。ゆうた。 ゆうた    おじさん、今、「志のぶ」にいるみたい。 あさみ    うん。かほちゃんから聞いた。 ゆうた    あ、いたんだ、かほちゃん。 かほ     メリークリスマス。 ゆうた    メリークリスマス。おじさんね、ごーごー、いびきかいて寝てるって。 あさみ    ごーごー? ゆうた    うん、ごーごー。あ、かほちゃん、風邪治った? かほ     うん、治った。 あさみ    今日何人の人に言われるかわからないね。 かほ     うん。 ゆうた    ちょっとオリオン通り歩いてきた。すごい人だった。 あさみ    こことは違うからね。 ゆうた    ユニオン通りもだんだん客足が減ってきたなあ。最近、スーパーにも押され        てるもんな。 あさみ    うん。材木町のとこにも出来たね。 ゆうた    これからユニオン通り商店街も生き残りを考えないときびしいね。 あさみ    今日、うちなんか2人しかお客さん来なかったよ。 かほ     うちなんかもっとひどいよ。ここのおじさんしか来てないもん。 ゆうた    え? あさみ    あ、なんか、ごめん。 かほ     いいよ、別に。あさみちゃんの謝ることじゃないでしょ。 あさみ    どうせまた、ツケで飲んでるんでしょ?うちのお父さん。 ゆうた    じゃあ、何?今日収入ゼロ? かほ     うん。他に誰も来なければね。 あさみ    イヴの夜だから、みんな真っ直ぐ家に帰っちゃうか。 かほ     その点、ゆうた君のとこはいいよね。貸レコード屋さんだもん。 あさみ    今日だって千客万来だったでしょ? ゆうた    千客万来ってほどじゃないけどね。やっと商売下手のうちの親父も一矢を報        いたって感じだよ。 あさみ    レコードって、これから先もずっとなくなるってことないじゃない。いい商        売だよね。 かほ     ゆうた君も将来は貸レコード屋の親父かあ。 ゆうた    親父、ね。・・・あ、そうだ。あさみの借りたがってたレコードね、まだ借り        られてた。 あさみ    あ、ほんと? ゆうた    代わりのレコード持ってきたんだ。クリスマスソング。せっかくだからかけ        てみようか。(プレイヤーの所に行く) あさみ    いいね。雰囲気でるね。 ゆうた    よし。(レコードに針を落とす)        レコードプレイヤーから「ホワイトクリスマス」が流れる。 あさみ    ・・・いいね・・・。(聞く) ゆうた・かほ    ・・・うん・・・。(同じく聞く) ゆうた    ましゃみ、今日元気ないな。かほちゃんの風邪でもうつったか? まさみ    ・・・。 かほ     ・・・。 ゆうた    (まさみの額に手をあてて)熱があるわけではなさそうだ。 あさみ    はい。じゃ、切りますよ。 ゆうた    うん。        あさみ、ケーキを切る。 あさみ    はい、じゃ、これ、まさみね。(渡す) まさみ    ・・・うん。 あさみ    はい、かほちゃん。(渡す) かほ     え?私も? あさみ    当然でしょ。はい、ゆうた。(渡す) ゆうた    サンキュ。 あさみ    はい、これはあたし。 ゆうた    あれ?このあまりは? あさみ    ひで君とBBの分。 ゆうた    ああ。 あさみ    じゃ、いただきまーす。 ゆうた・かほ いただきまーす。        四人、食べる。 ゆうた    おいしい。 あさみ    おいしーよ、かほちゃんのお父さんの作ったの。 かほ     ま、そうかな。 ゆうた    うん。いけるいける。 あさみ    「ケーキ屋志のぶ」開けるよ。 ゆうた    うんうん。        まさみ、すくっと立つ。 あさみ    どしたの?まさみ。 まさみ    ・・・ましゃみちゃん、もう寝る・・・。 ゆうた    もうって、まだ7時だよ。 あさみ    ケーキだって少ししか食べてないし。 まさみ    ・・・明日、たべる・・。 かほ     ・・・。 ゆうた    あ、風邪ひいたんだよ、きっと。 あさみ    え?風邪?(まさみの額に自分の額をあてながら)えーと、熱は・・・。 ゆうた    とにかく、一度寝よ。ね。 あさみ    そうだね。あ、体温計どこだっけ? ゆうた    (レコードを止めながら)じゃ僕、ましゃみ二階に連れてってやろう。 まさみ    ・・・。        ゆうた、まさみをおぶって連れていく。 かほ     ・・・。 あさみ    あ、あった。体温計。(二階に行こうとする) かほ     ・・・あさみちゃん。 あさみ    え? かほ     ・・・まさみちゃん・・・聞いちゃったみたいなんだ・・・離婚のこと・・        ・。 あさみ    ・・・・・・。        暗転。        ■ くしゅん ■        タバタ理髪店の店内。        二時間後。        あさみ、丸イスに腰掛けている。        ゆうた、ソファーに座っている。 ゆうた    そっか、ましゃみ知ってたのか、離婚のこと。 あさみ    うん。「かつ好」のおじさんとおばさんが話してるの聞いちゃったみたい。パ        トラッシュかまってる時だって。 ゆうた    どうりで元気がなかったわけだ。 あさみ    かほちゃんも一緒だったんだって、その時。 ゆうた    ああ。 あさみ    かほちゃん、病気でお母さんなくしてるでしょ。だから、まさみの気持ち痛        いほどわかったって。 ゆうた    うん。・・・だいじょうぶかな?ましゃみ。 あさみ    二階でずっと布団かぶったまま。・・・泣いてるかも。 ゆうた    ・・・そっか・・・。 あさみ    ・・・うん・・・。 ゆうた    ・・・帰ってこないね、おじさん。 あさみ    ・・・うん・・・。        間。 あさみ    ・・・三年前にお母さん出て行ってから・・・ずっとこんなだよ、うち・・        ・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・塚原先生が話してくれたんでしょ?・・・宇宙はどうしてこんなにう        まくできてるんだろうって・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・できそこないじゃない宇宙にだけ、人間がいるわけだから、人間のい        る宇宙はよくできてるに決まってるって・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・こと、あたしたち家族にとっては、よくできてないんだな・・・この        宇宙も・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・どっちかっていうと、できそこないみたい・・・。 ゆうた    ・・・・・・。        表が何やら騒々しい。 ゆうた    ん?何だろ?        BB、走って入ってくる。 BB     あさみ!大変! あさみ    BB!あ!ごめん!また、お父さん暴れた?! BB     違うの!パトラッシュが!パトラッシュが! あさみ    パトラッシュが何?! BB     タクシーにはねられたの! あさみ    え?! ゆうた    タクシーに?! BB     ひでがパトラッシュ、散歩に出してたの!あたいんちの前でパトラッシュ、        タクシーにひかれて!何かパトラッシュぐったりしちゃってるの・・・。(泣        いて、あさみにもたれかかる) あさみ    ・・・パトラッシュが・・・はねられた? BB     ひでもボーゼンとしちゃって・・・もー、どうしたらいいかわからなくて・        ・・。 あさみ    ・・・・・・。 BB     ・・・夜はタクシーが入ってくるから、危ないっていつも言ってたのに・・        ・。 あさみ    ・・・行ってみよう・・・。 ゆうた    うん。        あさみ、ゆうた、BB出ていく。        泣いているひでの足元でぐったりしているパトラッシュ。        あさみ、ゆうた、BB、パトラッシュの元へ。 ひで     えーん。 あさみ    パトラッシュ! ゆうた    パトラッシュ! あさみ    パトラッシュ! ゆうた    だめだ!ぐったりしてる! あさみ    息は?!息は?! ゆうた    してるよ!まだ、死んじゃいないよ! ひで     えーん。 BB     パトラッシュ。 あさみ    病院連れてこ!動物病院! ゆうた    っていうと、どこだ?! あさみ    ほら、とりあえず、一条中の! ゆうた    あーっ!わかった! ひで     えーん。 あさみ    電話!電話!タウンページで調べる! ゆうた    っていうより、連れてっちゃった方が早いよ! あさみ    あっ、そうね! ゆうた    BB! BB     えーん。 ゆうた    泣くな!お前は!BB!お父さんに車出してもらって! BB     ぐすっ・・・わかった・・・。 あさみ    BB!早く車! BB     ・・・うん・・・。        BB、出ていく。 ゆうた    BB、走れーっ! あさみ    パトラッシュ!パトラッシュ! ゆうた    そういえば、こんな夜中にやってるんだっけ?!動物病院! あさみ    たたき起こす!! ゆうた    うん! ひで     えーん。 あさみ    パトラッシュ、息して!お願い!死んじゃダメ! ゆうた    パトラッシュ! あさみ    お願い!        まさみがやってきていた。 まさみ    ・・・どうしたの?・・・。 あさみ    ・・・まさみ!・・・パトラッシュが車にはねられたの・・・。 まさみ    (息を飲む)・・・。 あさみ    ・・・タクシーにはねられたの・・・ まさみ    ・・・・・・。 あさみ    ・・・ひで君がパトラッシュ、散歩に出してて・・・パトラッシュ、タクシ        ーにひかれて・・・パトラッシュ・・・。 まさみ    ・・・パトラッシュ・・・。 あさみ    ・・・何かぐったりしちゃってるの・・・。 まさみ    ・・・・・・!!!        まさみ、決然とみんなから離れて・・・。 あさみ    ・・・まさみ?・・・。 ゆうた    ましゃみ!?!        まさみ、決然と半纏と、パジャマの上を脱いで放り投げる。 まさみ    ・・・うー・・・。 あさみ    ・・・まさみ?・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 まさみ    ・・・うー・・・。 あさみ    ちょっと!何してるの?!まさみ! ゆうた    ましゃみ!そんな恰好したら風邪ひくから! まさみ    ・・・三日まえに時間をもどすんだ・・・。 あさみ    え?! まさみ    ・・・ましゃみちゃんがくしゃみすれば、三日まえに時間がもどるから・・        ・。 ゆうた    ・・・ましゃみ・・・それは・・・。 あさみ    ・・・まさみ!それはお話の世界のことなの!・・・時間なんて元に戻るわ        けないじゃない!・・・そんなのは・・・そんなのは全部嘘なのよ! まさみ    (泣く)・・・うそじゃないもん・・・ほんとのお話だって書いてあったもん        ・・・ましゃみちゃん、お母さんかえってこないの知ってるから・・・もう、        サンタさんにたのんでも、むりなの知ってるから・・・だから、パトラッシ        ュだけでもいなくならないように・・・ましゃみちゃんがくしゃみして、時        間をもどすんだもん・・・こんどはぜったい、車にはねられないように・・        ・ましゃみちゃんがずっとパトラッシュだきしめてるんだもん・・・。 あさみ    (泣く)・・・まさみ!・・・。 まさみ    ・・・ずっとパトラッシュはなさないんだもん・・・。        あさみ、まさみを後ろから抱きしめる。 あさみ    ・・・まさみ・・・まさみ、ごめんね・・・お姉ちゃん、ずっと嘘ついてた        ・・・お母さん、すぐ帰ってくるからなんて・・・お姉ちゃん、ずっと嘘つ        いてた・・・。 まさみ    ・・・(泣く)・・・。 あさみ    ・・・まさみ・・・お姉ちゃん、まさみを離さないんだから・・・離さない        んだから・・・。 まさみ    ・・・(泣く)・・・。 ゆうた    ・・・・・・。 あさみ    ・・・(泣く)・・・。 まさみ    ・・・ふぁ・・・ふぁ・・・ふぁ・・・くしゅん!!!        暗転。        ■ ほわわわ ■        タバタ理髪店の店内。        一週間後。十二月三十一日。夜。        あさみ、まさみ、ソファーに座っている。        まさみ、本を抱いて、あさみに寄りかかって眠っている。        低く点いているテレビ。        ゆうた、入ってくる。 ゆうた    おす。 あさみ    おす。ゆうた。 ゆうた    終わったね、紅白。 あさみ    うん。終わっちゃったね。 ゆうた    おじさんは? あさみ    「志のぶ」で寝てるって、さっき、かほちゃんが・・・。 ゆうた    そう。・・・あ、パトラッシュ、かなり回復してきたって。 あさみ    そう・・・よかった。 ゆうた    うん。・・・奇跡的だって、あんなケガで助かるの・・・。 あさみ    ・・・まさみががんばったから・・・。 ゆうた    そうだね、がんばったよね、ましゃみ・・・風邪の方は? あさみ    うん。三日間寝込んだけど、もう大丈夫。さっきまでキャッキャ言いながら、        紅白見てたから・・・。 ゆうた    さすがに眠っちゃったか・・・。 あさみ    西城秀樹の時なんか、この上でやってたもの。 ゆうた    ああ、YMCAって? あさみ    うん。それC、逆。 ゆうた    あ、逆か。 二人     (笑う) あさみ    あ、おしるこあるんだ。食べる?(まさみを倒さないように慎重に離れる) ゆうた    あ、うん。 あさみ    (よそりながら)かほちゃんのおじさんがつくったんだ。 ゆうた    何でも作れる人だねえ。(丸イスに座る) あさみ    うん。はい、少し塩が効いてておいしいよ。(渡して丸イスに座る) ゆうた    ありがと。いただきます。(食べる) あさみ    どうぞ。 ゆうた    (食べる) あさみ    ・・・どう?おいしい? ゆうた    うん。かなり熱い。 あさみ    ふふ。熱いでしょ?ストーブの上にずっと置いといたから。        間。 ゆうた    あれからね・・・。 あさみ    うん。 ゆうた    いろいろ考えたんだ。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・できそこないの宇宙について・・・。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・確かに僕たちのまわりはうまくいくことばかりじゃない・・・ここの        おばさんが帰ってこないのもそう・・・かほちゃんのお母さんが死んじゃっ        たのもそう・・・この前のパトラッシュの事故や・・・このユニオン通りの        お客さんが減ってきてることさえも・・・。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・くしゃみをして時間が元に戻ればいいけど、時間っていうのは容赦な        く僕たちを押し流していく・・・。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・僕たちは真っ暗な宇宙を、行方も知れずさまよっていく、星のかけら        のようなものかもしれない・・・。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・でも・・・でもだよ・・・そんなどうにもならない時に、誰かが隣に        いてくれるだけでも・・・隣に一緒にいてくれるだけでも・・・この宇宙は        うまくできてるってことになるんじゃないかな・・・。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・少なくとも、今、ここには・・・この昭和54年のユニオン通りには、        それがあるんじゃないかって・・・。 あさみ    ・・・。 ゆうた    ・・・さっき、紅白の美空ひばり見ながら考えてたんだ・・・。 あさみ    ・・・うん・・・。 ゆうた    ・・・美空ひばりの「人生一路」って歌聴きながら・・・。 あさみ    ・・・うん・・・いい歌だったよね・・・。 ゆうた    ・・・うん・・・。 あさみ    ・・・あ。 ゆうた    ん? あさみ    おしるこ、冷めるよ。 ゆうた    ん?ああ。 あさみ    ・・・ねえ、ゆうた。 ゆうた    え? あさみ    聞かないの? ゆうた    何を? あさみ    あたしと孝治君のこと。 ゆうた    ・・・ああ・・・。 あさみ    もう、孝治君とは何でもないから。 ゆうた    何でそんなこと。 あさみ    ん?気にしてるかなあ、と思って。気にしてなかった? ゆうた    ・・・まあ、少しは。 あさみ    今度、一緒に行こうか?八幡山のプラネタリウム。 ゆうた    え?二人で? あさみ    まさみも混ぜて三人で。 ゆうた    あ、なんだ。 あさみ    プラネタリウム観て、ゴーカート乗って、ロングすべり台もすべろ。 ゆうた    うん。 あさみ    でも今は冬だからちょっと寒いか。 ゆうた    あったかい恰好して行こ。マフラー首にぐるぐるに巻いて。 あさみ    うん。        ゴーン。 あさみ    あ、除夜の鐘。 ゆうた    うん。        ゴーン。ゴーン。ゴーン。        材木町三人娘、さくら、しょうこ、こむぎ、派手な恰好をして入ってくる。 しょうこ こ やっほー! ゆうた    材木町スケバントリオか。 さくら    あさみ、これ見て。(着てるジャケット)おニュー。どう?あさみ、初詣行こ。 あさみ    えー、行くのー?! さくら    行こうよ、二荒山。このメーテルさくらが誘ってるんだから。 しょうこ   紅白終わったら、初詣っしょ。ね、ね。 さくら    ほうら、みんなもう向かってるよ、二荒山に。 あさみ    でも・・・。 さくら    恋の願かけしよ。ね、恋の願かけ。もー、あたしったら美人すぎて困っちゃ        う。 しょうこ   あんたは中3なんだから、合格お願いしなさいよ。 さくら    だって、あふれる教養みなぎる知性のあたしにとっては、宇女高なんて余裕        だし。 しょうこ   余裕でダメなんでしょ? さくら    わかっちゃった?わかっちゃった?キャハハハハハハハ!あ、いたの?ゆう        た。相変わらずシケた面して。 しょうこ   しるこ食ってるよー。うまそー。 ゆうた    あのな・・・。 さくら    何よ? ゆうた    そこの小さいの。(こむぎのこと) さくら    こむぎがどしたって言うのよ? ゆうた    お前、冬だっていうのに焼けすぎじゃないのか? こむぎ    (そういえばものすごく日に焼けている)へへへへへ。 さくら    いいじゃない、別に。だって、こむぎって、ちょっとマイウェイ、だもの。 しょうこ   キャハハハハ。あんた、材木町三人娘にケチつける気? さくら    ユニオン通りねずみ穴団、上等! しょうこ   上等! さくら    もう、大谷石に塗り込めるわよ!で、あさみ、どうなの?行かないの?初詣。 あさみ    ごめんね。まさみがいるから。 さくら    あー、ましゃましゃ、いたの? しょうこ   寝てるじゃん。 さくら    そっか。みなさん、しーっ。お静かに。お静かに。 しょうこ   じゃ、BBでも誘ってみる? さくら    うん。でもBB、夜弱いんだよね、ほわわわほわわわ、やってるから。 しょうこ   そう。ほわわわってね。 さくら    じゃあね、あさみ。 あさみ    うん。 さくら    じゃ、よいお年を、ってあともう1分もないじゃん。キャハハハハハハハ。        あさみ。バイビー。 しょうこ   バイビー。 あさみ    バイバイ。        材木町三人娘、去る。 声      男、漁りに行こ。ね。ね。 声      ネコニャンニャンニャン、イヌワンワンワン、カエルもアヒルもガーガーガ        ー。 声      サルキャッキャッキャッ、ヘビニョロニョロニョロ、ジャイアント馬場もア        ッポッポー。 声      キャハハハハハハハ。        間。 ゆうた    相変わらずだね。 あさみ    うん。        ゴーン。ゴーン。ゴーン。        ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。 あさみ    あ、年があけた。 ゆうた    うん、あけたね。 あさみ    あけましておめでとうございます。(ぺこり) ゆうた    え? あさみ    今年もよろしくお願いします。(ぺこり) ゆうた    ・・・謹賀新年。(ぺこり) 二人     (笑う) まさみ    ・・・うーん・・・。 あさみ    あ。 ゆうた    え?何だって? あさみ    まさみも何か言ってる。 二人     (微笑む) ゆうた    あ、運ぼうか?二階に。 あさみ    いい。お父さんにあげてもらう。お父さん、もう少ししたら帰ってくるでし        ょ。 ゆうた    わかった・・・よく、眠ってるね。 あさみ    うん。よく眠ってる。 ゆうた    ・・・いい夢見てるといいね・・・。 あさみ    ・・・うん・・・。 ゆうた    じゃ、また明日。 あさみ    うん、お椀そこ置いといて。 ゆうた    うん。あ、そうだ、忘れるところだった、これ。 あさみ    え? ゆうた    レコード。借りたがってたヤツ。・・・じゃ、おやすみ。 あさみ    あ、ありがと。・・・おやすみ。        ゆうた、去る。 あさみ    ・・・。        あさみ、テレビを消して、レコードをプレイヤーに載せてかけてみる。        室内に広がる音楽。 あさみ    ・・・・・・。        あさみ、ソファーにかける。 まさみ    うーん。(あさみに再びもたれかかる) あさみ    ・・・まさみ・・・。        気がつけば空いっぱいの星・・・。        あさみとまさみ、ソファーに寄りそいながら・・・。        まさみの手から本がこぼれ落ちる。        あさみ、その本をとって・・・。 あさみ    ・・・まさみ・・・お姉ちゃん、なくなったこの本の最後のページ考えたよ        ・・・・・・おんなのこはいっぴきの犬をすくうために、くしゃみをしまし        た・・・じかんはもとにもどって犬はたすかりました・・・それからおんな        のこと犬はいつまでもいっしょにいました・・・いつまでもいつまでも・・        ・しあわせにくらしました・・・とさ・・・。(本をひざの上に置いて)        眠っているまさみ・・・。 あさみ    ・・・昭和55年がよい年でありますように・・・。        あさみ、ゆっくりと瞳を閉じて・・・。                   ──────幕────── ☆ユニオン通り☆     宇都宮市中心部にある商店街。現在は主に若者中心の衣料店が軒を連ねている。ラ     ップを店頭のスピーカーで鳴らしたりする店も多く、ライブハウスの前は若者であ     ふれている。 ☆アメリ館(アメリかん)・メキシ館(メキシかん)☆     かつて宇都宮東武デパート上階にあった遊園施設。アメリ館はアメリカを、メキシ     館はメキシコをモチーフにしたつくりになっていた。 ☆八幡山(はちまんやま)☆     宇都宮市街にある小高い山。山全体が公園になっている。今でも花の名所で、ゴー     カートもあるが、かつてはプラネタリウム、ロングすべり台など子どもの遊ぶ施設     が充実していた。 ☆材木町(ざいもくちょう)☆     ユニオン通りに連なる町会。現在は道路拡張工事が行われており、かつての商店が     軒を連ねていた面影はない。 ☆二荒山(ふたあらさん)☆     二荒山神社。宇都宮市の中心部に位置する由緒ある神社。今でも初詣には県内から     たくさんの人が訪れる。 ◆くしゅん! ワーズ◆ パトラッシュ   アニメ「フランダースの犬」に出てくる犬の名前。原作は小説。 補習       当時は放課後、学校で先生が三年生を教室に残して勉強を教えていた。 みじめみじめ   小松政夫のコミックソング「しらけ鳥音頭」に出てくるフレーズ。          ♪し〜らけ鳥と〜んでいく南のそ〜らへみじめみじめ。「見ごろ食べごろ          笑いごろ」とかいう番組でやっていた。(と思う・・・違う?) 全員集合     「8時だョ!全員集合」。土曜日夜のドリフターズの人気コント番組。 欽ちゃんのドンとやってみよう   土曜日夜7時半からの萩本欽一の人気バラエティー番組。 Gメン’75   土曜日夜九時からの丹波哲朗主演の刑事ドラマ。タイトルロールの滑走路          を横一列になって歩くところがかっこよかった。当時の小学生はよく          道で真似をして通行人におこられた。 インベーダーゲーム   主に喫茶店に置かれていたテーブルテレビゲーム。この年大流行した。 天中殺      この年大流行した占い。何でも天中殺の年は何をやってもうまくいかない          のだという。そんな年があったら大変だよ。 チャンプ     父親が息子のためにもう一度リングに立つというボクシング映画。 たんぽぽコーヒー   たんぽぽの根っこを干して粉にしたもの。コーヒーに似た味がする。 ふりむけば愛   翌年引退した山口百恵主演の映画。山口百恵はカリスマ的な存在だった。 貸レコード屋   当時出てきた新しい商売だったが、じきにCDが登場し、はかなく消えて          いった。 ホワイトクリスマス   ビング・クロスビーの歌うクリスマスの定番曲。 タクシー     昼間は歩行者天国だが、夜は車両の通行が許されている商店街は多い。 YMCA     西城秀樹のヒット曲「ヤングマン」の歌詞のフレーズ。フリも大流行した。 美空ひばり    この年、美空ひばりは「紅白歌合戦」の特別ゲストとしてメドレーを歌い、          最後に「人生一路」を歌った。ながらくNHKとケンカ別れしていた          美空ひばりとの和解と出場で、この年の「紅白」は特別なものとなった。 メーテル     「銀河鉄道999」に出てくるヒロインの名前。金色の長い髪とうるんだ          瞳に、世の男のコはメロメロだった。 あふれる教養みなぎる知性   当時の流行語。誰が言いだしたのかまでは思い出せない。 ちょっとマイウェイ   当時の人気ドラマ。桃井かおり、研ナオコ主演。確か主題歌はパルの          「夜明けのマイウェイ」という曲だった。♪悲しみをいくつか〜乗り越えて          みました〜、みたいな歌詞だった。(と思う) ネコニャンニャンニャン・・・   「あのねのね」のコミックソング「ネコ、ニャンニャン          ニャン」のフレーズ。 ジャイアント馬場   当時の全日本プロレスの御大。「十六文キック」や「脳天唐竹割り」            などの必殺技を持つ。その姿は尊くさえも見えた。